遥かなる君の声
U A
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 いくら昨日の今日だとて、相手もなかなか強かそうな陣営だったので。お城の外どころか都の外、国の外という随分な遠出だなんていう、こちらの動向を敵に知られることを恐れてのお忍びの行動。目立っては何にもならないからと、護衛も連れずのたった4人という薄い陣営で出立をすることへの了承を、何とか昨夜のうちに皇太后様から得たその上、仰々しいお見送りもお断りし。昨日の騒動を全く知らない方々には“ちょっとそこまでの散策”と誤魔化しての物見遊山を装って。普段着に近い地味めのマントに外套をまとい、それでは行って来ますねと。ぎりぎりの内宮の端っこまで、見送りにと運んで下さった陛下や高見さんへと手を振った。城に近いところから少しずつ、春の花々の株への植え替えを計画中の庭を抜け、正門は避けての御用門からのお出掛け。門衛の方々もこの顔触れの正体くらいは知っており、何事でしょうかとギョッとなさったのへ、
『なに、お忍びの街遊びだ。』
 手短に言いつつ“ケケケ…vv”と、いかにも裏がありそな笑い方をした蛭魔の様子に、何をどう解釈したのやら、
『それでしたら、フィングリア広場で南から来た大道芸人たちが見世物のテントを開催しておりますよ?』
 中空高くに張り渡したロープを、命綱もないままにスタスタと渡ってゆく軽業師や、炎舞う松明
たいまつを何本も両手でジャグリングして見せる、命知らずのスリリングな芸などが評判ですよと、至って健全そうな情報を下さったのは、一同の中にセナ王子が混ざっていたからだろう。ありがとうございますと王子がそれは丁寧に会釈をし、そのまま人通りの少ない路地へと一旦紛れて。わざとらしくも こそこそとしたところはないまま、いかにも一般市民を装い、少しずつ人通りのある通りへと分け入る手際を、きっちりと心得ておいでの皆様だったのが、セナ殿下にはちょっと意外だったようだったが………それはともかく。

  「で? カメがどうやって里からの出入りの役に立つってんだ?」

 この大陸の東の果て。人間どころか、身軽なことから岩屋を住まいにしているような四ツ足の獣にだって、なかなか攻略は難しいとされている、それはそれは峻烈な山岳地帯のアケメネイにて。雪渓の陰、聖地を守ることを任じられた、隠れ里に住まう一族には、彼らを呼ばわる名前がない。他との交流がなかったから呼ばれることもなく、それで必要がなかったのだそうで。唯一にして至高の使命、ただただ“光の公主”の覚醒を待つことだけを命じられ、それをだけ遂行するために存在した奇跡の一族でもあって。大地の力のほとびる“聖地”を守りつつ、何百年、もしかしたら千年以上の歳月を過ごした孤高の一族の住まう里。彼らは今、その隠れ里を目指しての旅に出た訳なのだが、

  「途中までの道程は“旅の扉”で一気ににじり寄るとして。」

 アケメネイ登山はどっちかというと御免こうむりたいんだがな…と。自分から進んで葉柱の帰省へ同行すると構えた割に、いきなり我儘なことを早速言い出す黒魔導師様だったりし。うんざりと眇められた目許の表情は、いかにもな勝手な我儘を言う時のいつものお顔だけれども。面倒なことは嫌う彼だが、動き惜しみはしない方。やる気満々で取り掛かったものへは特に、徹底して手を尽くすほどの人なれば、今回の場合は体力の無さげなセナへの気遣いもあっての発言だろう。それが判ってなのか、セナ本人までもが心配そうな顔になる。マントの中に隠すようにしてその胸へ抱えている小さなお友達を、分厚い布越しに不安げに見下ろして、
「あのあの。人数が増えるとカメちゃんに負担のかかることなのですか?」
「…あのな。」
 彼らの住まいのある“隠れ里”からの出入りに用いられるのが、聖なる“神の座”アケメネイに唯一生息し、優雅に舞い飛ぶ“スノウ・ハミング”という鳥たちで。クジャクや鶴を思わせる、輝く羽根をまとった首細・脚長のスリムな肢体はそれは美しく。殊に長い尾羽根の優美さは、澄んだ青空を背景に、少し大きめのその体を悠然と舞わせる所作に沿ってなびき躍る様が何とも神々しくノーブルで。世界の各地にて、名こそ違えど同じような存在として伝えられている、様々な“不死鳥伝説”の鳥たちは、彼らがモデルなのではなかろうかと思えるほど。人跡未踏の聖地にだけ住まう鳥だけに、それは臆病で敏感で。捕らえるどころか目撃さえ難しいとされている瑞鳥なれど、同じく聖地の中にあり、孤高のままに過ごしている聖域守護の民にだけは、代々変わらず気を許し、下界へ降りる必要に迫られし時はその手助けをしてもくれる…という話。何よりもその実際例、族長の子息である葉柱がこうしてたった一人で下山している身ではあるものの、
「まさか、背中に乗っかって飛んでくとか?」
 セナのみならず皆して“カメちゃん”と呼んで可愛がっている、のっそりとした動作に、ごつごつザラリン・のっぺり体型の爬虫類。セナが用意したズタ袋に大人しく収まり、大好きな王子様の懐ろに抱えられたまんまでの同行と相成った、ドウナガリクオオトカゲの彼こそが、葉柱をアケメネイから連れ出してくれたスノウ・ハミングさんだったりし。人里へと降りるとあって、臆病な気性からパニックを起こさぬよう、封印をかけられてのこの姿。今のこの小さくて剽軽な姿のみならず、大人が一人までなら跨がれそうな、二足歩行タイプのトカゲさんの姿も…蛭魔だけなら目撃しているものの、大人が三人にセナ王子という人数がその背へ一遍に乗っかれるとも思えない。桜庭までもが、いかにも懸念を含ませた声音でのお言葉を下さったのへ、何だか…よっぽど惨い仕打ちをカメちゃんへと加えるのではないかと皆様から非難されているような気でもしたのか、
「聖なる鳥が聖なる土地へと関わるんだぜ? なんでそんな、力技で突っ込むって発想しか涌かねぇかな。」
 朝早くからの市が立つ広場に差しかかったことで、周囲への注意をさりげなく配りつつ振り返った葉柱が。そうと言い返しながら、気持ち少しほど後方の左右に位置した蛭魔と桜庭に挟まれるようになっているセナ王子のおでこへと、そぉっと人差し指を伸ばして見せる。

  《 ラ・シェルド。》

 他愛のない会話に紛れさせるように咒詞を短く唱えると、セナの柔らかな額髪の内側から、ぽうと淡い光が一瞬灯り、それで簡易な防御封印が張れたらしい。その一連の仕草を、髪に何かついていたのを取ってやったものとするフェイクの手遊びで誤魔化しながら、
「それでなくとも故郷への帰還なんだ。向こうからだって引くもんがあるってもんでな。心配は要らねぇよ。」
 具体的に何をどうするのかはまだナイショということか、それ以上は語らなかった葉柱であり。左右の店々からの売り声、常連客が品定めをしている真剣な顔へと愛想よく笑いかけるおばさんの頼もしい笑い声、量り売りのバネ秤がガチャンと弾ける音などなどが、朝も早い雑踏をいかにもな活気でざわざわと満たしている中、雪深い北国をいよいよ発てるその機会を待ってた旅人を装った一行は、ともすれば往来の流れに押されるようにして、市場のにぎわいの中から街を囲む城塞の方へ、さりげないその歩みを運んで行った。





            ◇



 先の騒動から二度目の春を迎えようとしている王城キングダムであり、ということは、セナ王子が咒のお勉強のためにと首都主城にその身を置いて過ごすようになってからも、二度目の春だということになる。その1年半の間には、城塞の外に出て近郊の農村を視察に回ったことも何度かあり。殊に城塞のすぐ外の小さな村には、あの騒乱のクライマックス、最終決戦の地へ臨むこととなった南からの旅の終焉、城下へ主城へと潜入する準備をするべく離れを借りた名主の家もあり。その後の視察の折などにも、休憩させていただく足場にと庭先を貸していただいたりもしたのだが、
「………。」
 暦の上ではどうであれ、まだまだ春とは名ばかりな頃合い。ここいらには“白い悪魔”でしかない豪雪こそ何とか消えて、畑や牧場にも大地の黒がお目見えしてもはたけれど。朝晩の冷え込みがまだまだ強くて、作付けにかかるには今少しの日数がかかるのだろう。曠野に比べれば多少はやわらかな印象の、まだ何の手も加えてはいないらしき土の原だけが広がる農地を、道の左右に従えて。一行は弱いながらも麗らかな陽の射す街道をのんびりと進んでいる。轍の跡が乾いた堅い道で時折すれ違うのは、荷車を引いて城下へ向かう、働き者の商人たちや、冬の厳しい旅を踏破して来たらしき、足元の頼もしい旅の人。何がどうしてなのかは曖昧ながらも内乱の炎が絶えず、荒んだ空気が一向に拭えなかった、何年にも渡る騒乱にあった国だった名残りももはや、すっかりと消え失せており。今はまだ、ほとんどが徒歩での踏破しか方法がない旅を、ただならない緊張感の下に重く警戒をする必要もないまま、不安なく続けられる安寧さや清しさのようなものが、行き交う人々のお顔にはあって。間違いなく見ず知らずの間柄なのに、通り過ぎざまに会釈をし合い、互いの無事な旅を思いやる健やかさが、現在のこの国の国土や政局の安泰を物語ってもいるようで。
“こんなにも………。”
 自分たち以外の世界は、こんなにも落ち着いているのにね。つい昨日、突然襲い掛かって来た嵐が、それまでは皆様と同じ幸せな空間にいたはずの自分を、そうではない緊迫の流れへと押し出した。何ら疑うこともなく、破綻なぞ思いも及ばず、永劫そのまま続くのだと信じていた安寧の中にぬくぬくといたはずの自分を、そうであってはいられない…危険と緊張感の張り詰めたところへと否応無く押しやったもの。もしかしたら、自分のこの幸せを恨む人がいるのかもしれない。苦境にある人民に気づかぬまま、何をのうのうと安穏と過ごしているのかと、怒りに震えている人が居たのかもしれない。至らない自分が至らないままで居るだけで、どんどん傷つけているような立場にある人がいるのかも。自分が何かしら、立って行って手掛けた覚えがないにも関わらずのあの奇襲を受けて、そんな恐れが真っ先に浮かんだような、ある意味、人が良いにも程があるセナ王子(by 蛭魔)ではあったが、そこへと続いた“白い騎士略取”の報には、意識が飛んで感情のままに暴走するほどの反応が出たし、あの方を取り戻すためなら…と、利他的だった彼が初めて、純粋な敵意というもの、その身にまとって果敢さを見せもした。
“………。”
 野にあって咲いたことも散ったことにも気づかれないような、そんな平凡な、名もない小さな花であって十分だったのに。王家の人間で、しかも“光の公主”などという仰々しき身の上であったからには。地べたにおいででは傅
かしづきようがございませんからと高座へ据えられる…というほどに大切にされ、何もかもがそういう順番となり。その代わりに特殊で難しい務めを果たすとか、何かしら求められればまだ良かったものが、世は平穏に戻ったがため、ただただ大事にされてばかりで。セナのような気性の者にはお城というのは身の置き場に困る場所でしかなくて。それでも…必要以上には怯まず、むしろドキドキと心躍らせ楽しく居られたのは、あの白い騎士様がいつもいつも傍らに居て下さったから。お強くて重厚な存在感があって。なのに寡黙であり、限りなく寡欲で自分に厳しくて。でもセナには限りなく優しい、そりゃあ頼もしい王城一の剣士様。小さなセナへの忠誠を誓い、その身をその命を賭してまで守って下さった彼が、セナの側でも崇拝に近いほどの想いでもって大切だとしていた人だったから。だからね、今はもう、自分の生まれや立場や、だからこそ戦いに臨まねばならない現状へも戸惑いはなく、気持ちも揺らいでなんかない。
「…と。こっちだな。」
 うららかな日和の下をゆくご一行だったが、桜庭さんが街道の途中で立ち止まり、連れたちを振り返るとそれと解りにくいほど掠れかかってた脇道へのコース取りを促す。セナも何となくで覚えているその道の先には確か、苔生した小さな石碑が立っており、表側には簡潔に綴られた王城キングダム創成の伝承が、古語で刻まれているのだけれど。人気のない小径を更に左右を確かめるようにして確認してから、
「…じゃあ、行くよ?」
 明るい色のマントの片側を背の方へと跳ね上げて、大きめで綺麗な手を差し出した桜庭さん。丁度セナの背丈くらいの高さだろうか、苔や土をまとった石碑の脇にその手を添えれば、触れたところが“ぽうっ”と暖かな色合いの光を放つ。桜庭さんの手のひらと同じくらいの、そんなに大掛かりではない光だが、それこそは…道標でもあるこの石碑が、彼を“白魔法を行使出来る人である”と認知をしたからこその反応で、その光が照らしてた、後ろの土手の横っ腹、壁のようになってたところに…音もなく。すぐ前に立つ石碑よりも一回りほど大きめの洞がぽっかりと口を開く。その奥向きにあるのが、彼らの大急ぎの隠密旅の経路にと選ばれた“旅の扉”という不思議な聖処だ。
“ボクらが通った時は…。”
 一昨年のあの騒動の時にも、セナがいた南の寒村からこの王城までのほとんどの道程を、やはり今回のように“旅の扉”を渡り継ぐという方法で一気に消化した。聖なる力、大地の気脈の溜まりになっているような土地々々を、他次空経由で行き来が出来るように繋いだ不思議な跳躍ポイント。本来は白魔法に関わる者にしか発動させられぬもの。だがその時は、桜庭は陽動作戦を選んだ関係から蛭魔と行動を共にし、別ルートにて敵の目を欺きながら北上するという“囮”をこなしていたし、まだ全く覚醒してはいなかったセナと剣士の進という組み合わせでは、発動させるどころか扉自体が何処にあるのかさえ探し出せなかったところだったが、桜庭から預けられた念を込めた宝玉を使うことで、何とかなったんだったっけ。
「…最近は使う人も少ないんだろうね。」
 小さめの洞窟のようなところ、明かり取りや風抜きの穴の気配もないようなのでと、先頭をゆく桜庭さんが手のひらから手鞠ほどの光の玉を出し、一行の歩みを先導する。殿
しんがりは葉柱で、全員が中へと踏み込むと背後の入り口を咒で閉じてしまい、
「まあな。馬に引かせる馬車にも、乗り心地を良くして長旅にも耐えられるものとかが出て来ているようだし。」
 そうと応じたお声へ同調し、
「発動型の咒をまで使える導師も減りつつあるしな。」
 蛭魔が単調な声で付け足した。昨今では、邪を寄せない、若しくは清めのための初歩の咒が限度という腕前の、初級の導師ばかりが主流になりつつある。これもまた安寧の世であればこその変化か、ごく一般的な人々の生活の中では、特殊ともいえる“奇跡の力”を発現させる必要がなくなりつつあり。例えば疾病負傷の治療にしても、医療技術が進んだのと平安な世情の定着により、咒によっての目に見えるほどの快癒や大急ぎの回復を施すまでの必要はなくなったし。平和なればこそ、時間も人手や知恵もふんだんに使える余裕が生まれ、誰にでも公平に使える便利な仕掛け、所謂“物理機巧
(からくり)”の工夫を発達させるための研究も飛躍的に進んでおり。そんな中、教会の導師には、神憑りな奇跡の力よりも、心安らげる導きの教えの方が尊ばれるようになっているのが近年の傾向。
「ま、咒なんてもなぁ、便利ではあるが無くたって困りはしねぇってこった。」
 危急の場合じゃないならば、の話だがと、鼻先で笑った蛭魔さん。頭の回転も早ければ機転も利くその上に、それはそれは気が短い気性をなさってる黒魔導師様のこの仰有りようには、
“本人はさして“困り”はしまいが、周囲が間違いなく迷惑すんじゃなかろうか。”
 焦れた揚げ句の八つ当たりをされての被害甚大だろうよなと、誰ともなく胸中にて呟いてしまったご一同だったりしたそうだったが、それはともかく。

  「わぁ…。」

 久方ぶりに見ることとなった“旅の扉”は、美しい光の欠片を宝石のように象眼された、一見するとごくごく普通の片側開きの“ドア”である。それが、ここでは一応、一番奥の壁際にポツンと立っており、
「此処のは案外とまともだな。」
「え?」
 こうじゃ無いところもあるような言い方をする葉柱さんへ、ぎょっとして思わずセナが振り向けば、
「土地によっちゃあ、広々と大きくて鏡のような泉の上に、何の支えもなく立ってるって設定の扉だってあんぞ? 空中の高みに足掛かりなしで浮いてるってのとか。」
 特に珍しかないとあっさり言う。そんなそんな、いきなり飛び出したら泉へ落ちませんか?、空に浮いてるだなんて…怪我をしませんか?と、そりゃあ素直にわたわたして見せるセナ王子へ、
「さすがに、崖っ縁とか火山の噴火口なんてトコにいきなり開いてるなんてのは少ないけど、結構突飛なところにあるから気をつけなきゃいけないのは確かなんだよね。」
 桜庭さんまでが、そりゃあ朗らかなお顔で付け足して。何げに受け流してらしたけど、危険なところに開いてるのが“少ないけど”ってのは、一体…?
(苦笑) 白魔法や封印結界魔法が専門であるが故、基本的な能力としてこの扉を使えるお二人の言いようへ、
「大体、こんな“ドア”だってこと自体がシュールで不自然なんだっての。」
 蛭魔さんもまた忌々しげに口にしたのが、いかにも人造、人知による美しさで神秘を表してみましたと言いたげなデザインへ。こういう型なのは どこのも同じであるらしく、一番最初に設定した人が相当お茶目だったのか、はたまた、ただの虚無空間への真っ暗な穴だったり、虹色の光が歪曲した歪みだとかのままでは、それを通過するのに度胸が要るのではなかろうかと心配されたか。馴染み易いようにと思ってのこの設定であるらしいが、まあ確かに…聖なる場所の、遠隔地への旅立ちの手段、奇跡の仕業だろう門にしては ちょいと安直かも知れず。
「まずは磐戸の森へ、だね。」
 先頭にいた桜庭がバータイプのノブを手にし、もう一方の手を自分の額に添えると、ドアがほわりと仄かに輝く。次の聖処までの道が繋がりましたよという合図であり、さあ行こうかと蛭魔がセナの背に腕を添えてのエスコート。ところで白魔導師さんの得意な咒は、大きな鷲にだって変身出来てしまう“変化
へんげ”だが、
『ああ、うん。鷲になれば確かに空だって飛べるけど、抱えていける人数に制限があるからね。』
 成程、徒歩よりは早く進めるが、旅の扉には敵うものではないし、最後の詰めではやはり…アケメネイの山頂近くへだなんて気流が物凄くて飛べないということでのご同行ですので、念のため。




 本来ならば、そう簡単には通過出来ない次界壁の“合
ごう”という結びが、聖なる作用かはたまた先人が残して下さった特殊な咒の働きか、白魔法で働きかければひょひょいと亜空経由で移動出来る不思議な扉。幾つもの扉が集まっているところは所謂“分岐点”であり、そういうポイントを何カ所か経由しての旅は。見た目というのか、実際の行動というものは、単にドアをくぐっているだけに過ぎなくも思えるものの、
「少し休んだ方が良いみたいだね。」
 変だな、何も…飛んでも走ってもいないのにね。幾つ目かの扉をくぐったところで、少しほど息が上がって来たセナであり、彼を支えていた蛭魔さんが足を止めたことで桜庭さんや葉柱さんがそれへと気づいて、辿り着いたばかりの洞窟の中を見渡し始める。
「あ…平気です。」
 早速にも皆さんの足を引っ張ってしまうのかなと、細い声で言ったすぐさま、
「嘘をつけ。」
 蛭魔さんがあっさりと否定。
「難所を歩くでない、何もしていない楽な旅に見えるがな。一応は次界障壁の通過なんてことをこなしているんだ。負担が何にもかかってない訳じゃねぇんだよ。」
 しかも、かなりの遠隔地を目指しているため、随分とハイペースでの通過を続けていた彼らだったのだそうで、
「はっきり言ってお前が“物差し”だったんだ、最初から。」
 底の知れない咒力を持つとはいえ、まだまだ実戦経験の少ないセナが、疲れたならそこで休もうという段取りだったらしく、
「ほれ、此処に座れ。」
 葉柱さんが椅子の代用になりそうな平らな岩へマントを広げて下さり、そぉっと座らされたところへ、
「セナくん、お水だよ?」
 桜庭さんは冷たい泉水を汲んで来て下さっていて。
「はやや…。////////
 そうだったんですかと、仄かに頬を染めたセナ王子、いただいたお水に口をつけると、はふうと小さな肩を落とした。此処までの道程は殆どずっと洞窟の中ばかりだったので、時間の経過も判らなかったが、
「次は小さな町の近くへ出るから、そこで一旦離れてお昼にしようね?」
 桜庭さんの言葉に、ああもうそんな時間なんだと思い知る。普通の徒歩の旅でも結構歩き詰めだったということになるのだが、同行のお三方はいずれの御方もそれなりにしっかりと鍛えておいでの頼もしいお兄様たちであり。聖処なので回復の呪文さえ使えないけどその代わりにと、投げ出しちゃってたセナの脚をやさしくさすって下さる桜庭さんだったり、マントの下に背負ってらした荷の中から湿布を出して下さる葉柱さんだったりし。蛭魔さんもずっと傍らに立ってて下さり、洞窟の中とはいえ少しは寒いのから庇って下さっているという気の遣われよう。
“…皆さん、あんまりお疲れじゃあないんだ。”
 それに引き換え、年齢も体格も一番小さく、昔はともかくこの数年ほどは城の中でのお勉強三昧だったセナが、そんな彼らに体力で並べるはずもなく。
“そういえば…。”
 あの怪しき賊どもが奇襲をかけて来た時だって、セナを守るということを最優先になさっていた皆様であり。まあ…彼を狙っての突入を敢行して来た賊が相手だったのだから、当たり前っちゃ当たり前な仕儀ではあれど。
“ボクが自分の身くらいは自分で守れていれば…。”
 温室での対峙も、城の中での対峙にしても、それは凄腕の皆様なのだから、もう少しは何とかなったかもしれないと思えば、その妨げになってしまった自分の非力さがやはり悔しいセナであり。疲れたことよりそっちこそが、何とも歯痒いなぁと感じ入っていれば。
「……キュウ〜〜〜?」
 すぐ間近、懐ろからの声がした。忘れていた訳じゃあないのだが、ちょこっと…考え事に気を取られていたせいで、抱えていた手が緩んだのかなと。我に返ってお膝に置いた手元を見やれば、マントの合わせからひょこりとお顔を出していたカメちゃんが、窮屈そうに首をひねってこっちを見上げて来ていたりして。
「あ、ごめんね。」
 カメちゃんも疲れたの? マントの中で抱え直してやり、自分の目の高さに近くなるように持ち上げてやれば。今はまだ“爬虫類 Ver.”でいるのにね。小鳥のように仔犬のように、ひょこりと小首を傾げて見せる。こんな小さな子にまで“大丈夫ですか?”と案じられているとはねと、言葉は悪いがとどめを刺されたような気がして。
「〜〜〜〜〜。」
 しょげたように ふしゅんと背中を丸めてしまえば。そんなセナの頭の天辺、もさりっと容赦のない勢いにて。誰ぞの手のひらがおかれ、
「わっ!」
 そのまま頭蓋骨を丸ごと掴むよに、長い指が広げられて差し込まれ、

  「な〜にをヘコんでやがる。」

 見上げれば、自信の塊り。金髪の悪魔様が、怖いものなしのお顔にて見下ろして来ておられる。背条をたわめての、見るからに“ヘコんでおります”という傷心ぶりへの、逃れようのないご指摘で、
「………。」
 違うとも言えず、そうかと言って“そうですよう”と開き直りも出来ず。軽く唇を噛みしめて黙っていれば、

  「あのな、心配くらいさせてやれ。」

   ――― はい?

 頭ごとぐらぐらと、撫でるというより二、三度揺すぶるようにしてから、パッと離してやって、
「そいつに今出来んのは、お前を励ましたり心配したりってことくらい。それを精一杯頑張ってんだ。」
 腰を折ってお顔を覗き込んで来た蛭魔さんは、いつもの挑発的な“にんまり笑い”ではなくて。ちょっぴり悪戯っぽい何かを含んだ、それは柔らかな笑い方。そして、

  「そんくらいも受け止めてやることが出来ないほどに、お前、八方塞がりなんか?」
  「………あ。」

 頑なに強ばりかけてた胸へ、なのにスルリと入って来た言葉。ああ、そうだった。ボクってば、あまりに自分が不甲斐なくて歯痒いからって、優しく差し伸べられたものにまで勝手な劣等感を感じてしまって。可愛げなくも、そっぽを向こうとしていたの。蛭魔さんが言うように、そんなにも余裕が無くなっていて、僕自身が人を傷つけるものになってただなんて。
「…ごめんなさいです。」
 懐ろの中に、小さなカメちゃんを抱き締めながら、ごめんなさいは蛭魔さんへ。そしたら…綺麗な指先が、ちょいってセナのおでこを軽くつついて。顔を上げれば、咒のお勉強の“良く出来ました”の時の笑い方。あ…//////とセナがどぎまぎしている内にも、スリムな体をくるりと回して、背中を向けちゃった黒魔法のセンセーであり、
「次の町ってのは、何が名物なんだ?」
「ん〜っと、手搓り木綿と地鳥の一夜干し、それから甘夏のゆべしってトコかな。」
「…最後のは何だ、そりゃ?」
 ついでだから泥門でも途中下車する? 師匠にも長いコト会ってないしサ。土産持ってか? こんなどさくさに寄ってもな。桜庭さんとの何てことのない会話に入ってしまって、セナくんからの“ありがとう”の隙を与えないなんて。狡いぞ…小憎らしい人めvv

  『あん時は、あの小さいのが一番気を遣っていたからな。』

 そういうことには疎そうな金髪の悪魔さんからの、後日のこの一言へは、
『??? そぉお?』
 さしもの“ヨウイチさん贔屓”の桜庭さんでさえ、どこか半信半疑というお顔になったものの、
『温室ではチビを庇ってそりゃあ頼もしい働きをしたって話だってのに、次の対峙になった城での格闘の時も、その後のずっとも、あの野郎、絶対に“進”へは変化
(へんげ)しねぇだろうが。』
『あ…。』
 感じ取った訳ではなく、冷静に観察して弾き出した答えだというのなら、成程、彼らしい判断でもあって…って。どういう把握をされてる人なのやらですが。
(苦笑)
『やっぱり優しいんだ、妖一vv
『下んねぇジョークなんざ言っても、聞く耳持たねぇかんな。』
 ふんっと鼻息も荒くそっぽを向いて見せた彼だけど。いえいえvv 小さきものへはいつだって優しい、そういう人だってのはとっくに広く知れ渡っておりますってばvv 黒魔導師のセンセってばvv






            ◇



 途中で洞窟ワープの旅からの息抜きにと、最寄りの町や村に立ち寄り。春まだ浅き森の生気に触れたり、泉水を飲んだりして、咒力の消耗を回復しながらの旅も、いよいよの大詰め。
「ここは…?」
 旅の扉のあった洞窟から外へと出れば、まださほどには日も長くはないがため、早くも西へと沈みゆく夕陽の残照が、既に遮られて余光のみとなっており。その方向へと視線を向ければ…雄大な稜線が至近に迫る此処は、

  「………アケメネイ。」

 聖なる山だということでか、半端な咒では相殺されるほどの精気と霊気に満ちた土地。麓にわずか、まるで領界を区切るためのようにささやかに居並ぶ木立ちを抜ければ、その先はもう、殺風景なばかりの岩場の連続する、無味乾燥し切った山岳地帯へと入ってしまう、極力愛想のないエリア。しかも、
「あそこからもう、取りつく手段はねぇってことか。」
 木立ちの縁から見やった先。蛭魔が細い顎をしゃくるようにして示した前方には、妙に真っ直ぐな段差が見えて。
「?」
 花曇りの空に似た夕暮れ時なのと、少し遠いのでと、判別し難いその“段差”。眸を凝らしたセナは、ハッとして息を飲む。
“段差じゃない。あれって…。”
 地続きひとつながりの段状なのではなく、そこですっぱりと地面が裂けていると判る。深い断層があって行く手を阻んでおり、しかも、
「しかも、その対岸はいきなりオーバーハングの崖が…何十mあるのやらだしね。」
 山独特の濃密な精気は、人の意識という雑念を、若しくは意志という熱量を持った咒を、易々と弾いて消し去ることだろう。ましてや山中のどこかに“聖域”を抱いた山だけに、その防御力の大きさも桁が違うというところかと偲ばれて。

  「さぁて、いよいよカメに働いてもらおうかねぇ。」

 にまにまと促す金髪の魔導師さんのお声に応じて、葉柱がセナの傍らへと近づいた。マントの下から表へと取り出された、ドウナガリクオオトカゲのカメちゃん in 布ぶくろ。巾着の口を開かれ、ちょこっと寒いお外の気配へ“く〜〜〜?”と小首を傾げて見せたが、そのまま葉柱の大きな手に掴まれてしまうと、さしたる抵抗もないままに引っ張り出されてしまい。そしてそのまま、枝を見立てているかのように、胸の前へと伸べられた封印の魔導師さんの腕の上へと乗せられて、

  《 我ら帰還し、聖なる地の縁。》

 紡がれるは、回帰への咒。ベルトに差してあったものを取り出した護剣の鞘の先にて、平たい頭をちょいちょいと撫でられたカメちゃんは……………。


  ――― キケェイィ………ッ


 キジのような、鶴のような。高音なのに、それでいて耳に騒がしくはない澄んだ声音の一声を、周辺一体へと鳴り響かせると、

  「あ…。」

 その体を一瞬宙へと掻き消してしまい、何事が起こったのだろうかとセナが思わず不安そうな顔になるのと同時に、彼らの頭上へと現れた。見上げるほどの高みの空に、長々と尾羽根をたなびかせた優美な首長鳥。これこそが聖なる瑞鳥スノウ=ハミングの真の姿であり、その全身へとキラキラと輝く光の粒子をまとっていてそれは艶やか。…とはいえ。カメちゃんだった時に比べれば少しは大きくなったとはいえ、やっぱり
「…乗るのは無理だよねぇ。」
「そだな。チビのことは根性で運べても。」
「だ〜か〜らっ!」
 なんでそう即物的なことしか思いつかねぇんだと、青筋を額に浮かばせた葉柱が、

  《 ワイプ・ソーセル。》

 優雅に宙を舞う尾長鳥へと向けて、張りのある一声を掛けたなら。こぉー…っと甲高い声を返したスノウ=ハミング、ゆったりとした飛翔の様子にあまり変化はないまま、されど…。
「…あ、尾羽根が伸びてる。」
「ホントですね。」
 最初は輝いているその残光がそう見えるのかと思ったが、大きめの円を描いて宙を舞うその姿の尾の部分が、少しずつ長さを増しており、やがては…本人のクチバシの先へ届くほどにも伸びて。それは神聖な美しさをまとった、大きな輪となり宙に輝く。それを見上げていた葉柱が、

  「もう少し固まれ。一遍に“翔ぶ”からな。」

   ――― はい?

 一番傍らにいたセナ王子を、懐ろへ抱き寄せるかのようなノリにて引き寄せたのを見て。そうまで集まらないといかんらしいと判断した、あとの二人が速足で駆け寄れば、

  《 運べ、瑞鳥。聖なる故郷へ。》

 案外と咒詞は単純なのなと蛭魔が感じ、ゆったりとした飛行のままにカメちゃん、もとえ、スノウ=ハミングが降下して来るのへ、こうまでも聖なる生き物を意のままに出来るとはと桜庭が感心をし。そしてセナは、

  “進さんを助け出す、何かヒントが見つかりますように。”

 ぎゅうっと握り合わせた小さな手と手。いつだって忘れないのはあの人のこと。こんなに綺麗な光にならばと、何かしら祈りたくもなったらしい。そんな4人が固まって立っていた岩場に、夕暮れ時の夜寒の風が一陣、唸りを上げて吹き過ぎたが。小さな渦を巻いて通り過ぎた後には、影ひとつ、吐息ひとつ、もう落ちてはいなかった。




 古来より野生の動物たちには、その逞しい生命力や、風と大地の気配を読み取れる神通力をして、不思議な力が宿っているとされ。人が自分たちの知恵で彼らの不思議を把握し凌駕するまでは、神聖なものとして扱われ、神の使いにされたり、逆に生け贄として神事の際に奉じられたり。どっちにせよ、人の傍らへ寄るとロクなことにはならないようで。それでと察したからならば、やはり本物の霊感を持つ生き物だということにもなろう、この聖なる瑞鳥。全身で描いた光の輪により、旅の扉以上の精密さと自在さを持つ“次界跳躍”が可能であるらしく。
“だから。人や猛禽、天敵たちの目を避けて、なのに、この峻烈な山で永らえて来られたのかもな。”
 ほんの瞬き三つ分。そのくらいの短い間合いの後に、彼らはいまだ解けぬ深い雪が、視野の端から端まで敷き詰められた、広大でゆるやかな斜面の上へと立っており。真っ白な行きに塗り潰されているからだけではなさそうな、素っ気なくも平板な風景のそこが、葉柱の生まれ故郷、アケメネイの隠れ里を見下ろす斜面の中腹だと察したのだが。何でまた、里から結構離れた地点へと、到着したのかを真っ先に怪訝に感じたらしい葉柱が、

  「………嘘だろ?」

 唖然とした声を出す。斜面の下方、眼下に見えるは。まずは簡素な柵を巡らせた、恐らくは里の入り口に違いなく。そこから奥へ奥へと通りが伸び、人家が奥まるほどに密集して建っているらしいのが望めるけれど。いまだ焦臭い匂いが風に乗ってここまで届くその里は、明らかに………焼き打ちという名の襲撃を受けており。見下ろせる里の櫓や教会らしき鐘楼などが、無残にも倒れて痛々しいばかりなのまで見通せる。
「そんな…。」
「…こんなことって。」
 こちらも呆然としている、セナや桜庭を肩越しに振り返り、

  「見ての通り、ここから里までは一直線だ。
   雪に埋もれた縁だの窪地だのもないから安心して降りてきな。」

 そうと言い残してのすぐさま、自分が一直線に斜面を駆け降りている。途中でマントの下、バッグから取り出した棒のようなものを、ぶんっと降ってから進行方向の先へと投げれば。どういう仕掛けか小さめの板になり、軽い跳躍で飛び乗ればそのまま加速を増しての、ボード代わりになってしまったのが何とも鮮やか。
「…さすがは慣れてる土地だってことかな。」
「そうみたいですね。」
 眼下に見える悲惨な様相を一瞬忘れさせた、葉柱の見事なボード・テクはともかくも、

  「カメが直接の飛来を避けたのは、あの惨状に気づいたからだな。」

 空から舞い降りて来たスノウ=ハミングを、差し出した腕へと止まらせて、蛭魔が単調な声を出す。
「今は何の気配もないが、感じねぇか? いやな残滓。」
「………あっ。」
 時折下方から吹き上げて来る風に乗って、焼けた材木の匂いなどがこちらまで届くのだが、蛭魔に言われて注意を向ければ…確かに届く、不吉な残留気配。この強烈な咒の気配は、彼らにとっては忘れ難き“宿敵”のそれであり。



  「あの野郎ども。こっちを襲ったその直後に王城に来やがったのに違いねぇ。」












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  *長い割にほんに進みの悪いお話で。
   いちいち理屈が多いせいなんでしょうね、きっと。
   もっと たったかたったかと
   スピーディに進める方が良いタイプのお話なのかなぁ?
   試行錯誤しながら書き進めてるという、何とも極悪な筆者でございます。
(おいこら)
   ところで…泥門の師匠って、武蔵さんってのはいかがでしょうか?
   見た目はともかく、実年齢は若いから無理がありますかね?
   大田原さんでも面白いかもとか思ってたんですが。
(う〜ん)